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1995年の円高はなぜ起きたのか?! [日本円の性格]

1995年4月19日、ドル円は変動相場制移行後の最高値1ドル=79円75銭を記録。

これには2つの大きな理由がありました。
クリントン.jpg
1つめの理由は、巨額な貿易黒字です。
バブル崩壊後、日本は国内の消費が振るわず、自動車をはじめとする主要な製造業は海外での販売を強めていきます。
90年代前半、貿易黒字は15兆円、史上最大規模に膨れ上がりました。
輸出した企業は、対価として得た外貨を円に換えるので、こうした巨額の貿易黒字は円買い圧力となります。
こうして円は1990年の160円台から、94年には100円を割り込むところまで高くなっていきます。

円高が進むと、海外でものを売っても儲からないので経済学の理論では輸出が減少するはずなのですが、国内販売が不振な日本企業は、輸出攻勢を継続。
円高が進んだ94年の貿易黒字は14.7兆円と依然として高水準でした。

こうしたなか、アメリカ クリントン政権が貿易不均衡是正のためとして更なるドル安円高を進める政策に舵をきり、大きな円高圧力が市場にふりかかりました。




もう1つの理由は、94年に起きたメキシコの通貨危機です。
通貨危機とは、通貨が暴落してその国の経済が大混乱に陥ること。
通貨危機.jpg
当時ドルと固定相場制を採っていたいたメキシコが、経常赤字の拡大に耐えきれず通貨ペソの切り下げを発表。
しかし、切り下げ幅が市場予想より低かったことから、ペソ売りが収まらず、数日後に変動相場制への移行を余儀なくされます。

こうした一連の信用不安でメキシコから一気に資金が流出。
結局ペソのレートは固定相場制の時から約40%下落、中南米の周辺国通貨へも波及していきます。

その余波がドル円にぶつかってきました。

バブル崩壊後の低金利で、円を調達して、ドルなど高金利で運用するキャリー取引がヘッジファンドなどを中心に強まってました。

そのなかでメキシコの通貨危機が起こり、この損失をカバーするためにヘッジファンドの投資が縮小。
円キャリー取引も一気に解消されこれまで買っていた外貨を売って円を買い戻す動きで円高圧力が強まりました。

円高の進行を受け、輸出が減少。
翌96年には、貿易黒字が8.8兆円まで縮小。
為替相場は、これを受けドル安円高圧力が減り円安方向へ。

3年後の98年にはドル円は147円まで戻します。

日本の産業構造も為替の影響が少なくするため、生産拠点を海外に移転する動きを加速させていきます。

このように後から全体を見てみると、原因も結果もはっきりしているのですが為替市場は同じようなことを繰り返し引き起こします。

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